ずっと傍にいる





山南さんが羅刹の国を作ろうとしていたなんて、オレはちっとも気付かなかった。
あの人は昔からとても真面目で、そんな突拍子もない事を考えるなんて、
思いもしなかったっていうのが本音かな。

大量の人殺しをしてきた山南さんは、自らの血で人間を羅刹化する事に成功し、
千姫にその血を飲ませて拉致した挙句、城の中で幽閉してしまった。
それは彼女を羅刹の国の主にする為だった。

土方さんの命を受けて、オレは山南さんを抹殺するために仙台へ向かう事になる。
オレは一人で行こうと心に決めていた。
自分だっていつ山南さんのように狂ってしまうか判らない。

変若水を飲んで時点で、オレはもう“人間(ひと)”とは呼べないかもしれないけど、
それでも他人の血を無意味に奪う事が、人道に背く行為だってことくらい
十分すぎるくらい判っているから――――


だからオレは一人で行こうと決めたんだ。
羅刹の醜い姿に成り果てて、挙句に灰になって散るくらいなら、
オレがオレであるうちに山南さんを道連れにしていこうと。

それなのに千鶴は、オレについて行くと言ってきかなかった。

馬鹿野郎!
何の為にオレが離れようとしてると思っているんだ。

千鶴の側で、惨めな姿を晒したくなかったからじゃないか。

もがき苦しんで死ぬだけじゃなく、もしかしたら千鶴の事も判らなくなって、
最悪の場合は殺しちまうかもしれない。
何もしなくても、陽の光を浴びて灰と化するかもしれない。

『そんなみっともねぇ姿、お前に見せたくねぇんだよ!
それくらいなら、戦って死んだ方がずっとマシだ!!』

そう言った瞬間、オレは千鶴に頬を叩かれていた。


「私は平助君と生きることを諦めたくない。
死なずに済む方法を一緒に探そうよ」


あいつがそう言ってくれたから、今のオレはここに存在するんだ……









仙台城で山南さんとの戦いに勝利したオレは新選組を脱退し、
千鶴の先祖達が暮らしていたという村へ訪れた。

人の目につきにくい山間にあったその村は、昔焼き討ちを掛けられてからというもの、
それ以降は誰も住んでいない。
かつては鹿や栗鼠などの動物もいたであろうこの場所も、
今はただ荒れ果てた山村の跡地でしかなかった。

だがこの荒地こそが、オレと千鶴の再出発の場所なんだ。

焼かれる事をかろうじて免れた家屋を見つけたオレ達は、そこを二人の棲家とした。
だがいくら焼かれなかったとはいえ、長い間放置されていた家だ。
雨漏りがして濡れた床板は腐り、それらを全部変えなければとてもではないが住めない。
そんな大変な作業も、今まで血に塗れるのが日常だった自分にとっては、
それすらも有意義な時間だった。

強い日差しの下で作業が出来ない分、月明かりと千鶴が照らす行灯の明かりの下で
オレは黙々と作業をする。

そんな事を数日間繰り返し、ようやく自分達の家を手に入れた。



そこでの生活も数ヶ月が経ち、茜空が広がった秋の始め―――





「オレって何気に迷ってばかりだったよな」

庭で薪を割り終えたオレは、一息つきながら呟きを漏らした。

「急にどうしたの?平助君」

お茶が入った湯呑みを縁側に置いて、千鶴がオレの顔を見た。

「んーっ、何でオレってあんなにいろいろ迷ったんだろうって思ったんだ」

御陵衛士として伊東さんについて行くと決めた時も、
皆のところに残れば良かったって何度も思ったし、油小路で死にかけた時も
本当は死ぬのが恐かったのを今でも覚えている。

「前は死ぬことなんて、恐くなかった筈なんだけどなぁ」

そう口にはしたものの、本当は判っていた。
死ぬことが怖くなったのは、守りたいものが出来たからだという事が。

襷を外して縁側に近づくと、真っ白な手拭いを手渡される。

「大事なものが出来たから、死ぬのが怖くなったんじゃないかって思うんだけどさ。
でもこれって、オレが臆病になったんじゃねぇよな?」

縁側に腰かけてオレが尋ねると、千鶴はにっこりと微笑んだ。

「平助君は臆病なんかじゃないよ。私と生きる為にこの道を選んでくれたじゃない。
それはとても勇気のいる事だったと思う。
その決断をしてくれたの時、私がどんなに嬉しかったか知ってる?
私は今こうして平助君が生きていてくれるだけで、凄く幸せなんだよ」

オレの手を取り、千鶴は自分の手を重ねた。
小さくて柔らかい掌。

「千鶴…」

その一言でオレの中なった不安は全部吹き飛び、
ずっと思っていた事を言う決意が出来た。

「あのな…千鶴。これからオレが言うことを聞いてくれるか?」
「うん、何?」

千鶴の目を見ながら、オレは一度固唾を飲む。
これまで迷ってばかりだった自分に、決別する時だ。
(頑張れ、自分!ここで引いたら、男じゃねぇぞ)

「ここに来て、吸血衝動はまだ一度もない。
太陽の直射はまだ少しきついけど、最近は昼間でも起きていられるようになった」

千鶴は黙ってオレの言葉を聞いていた。

「でもそれって、羅刹としての症状が薄れてきたってことだよな。
って事はさ、いつ灰になって消えちまうか判らないって事だろ」

オレがそう口にすると、千鶴の顔が引き攣った。

「平助君!」
「あー、待て。誤解すんな!!オレは別に悲観的になっているんじゃねぇぞ?
そうじゃなくてだな…あー、もう何て言えばいいんだ」

上手く言葉にならなくて、オレは頭を掻き乱す。

「オレが言いたいのは、お前が欲しいって事だよ!!」

半ば叫ぶように大きな声をあげたオレを、千鶴は大層驚いた表情で見ていたが、
やがて見る見るうちに頬を赤く染め上げていく。


あれっ…オレ何かやばい事を口走ったか?

自分が叫んだ事を頭の中で復唱してみる。

ああああああ!!
何言ってんだよ、オレ。
それってつまり、お前を抱きたいっていう意味にも取れるじゃんか。
それに気付いたオレは、慌てて手を振った。

「あ、いや。そ、そうじゃねぇよ!そういう意味で言ったんじゃねぇんだ!!
つまりオレが言いたいのはだな、ずっとお前の側にいたいって事で…・・・」

そう言い掛けて、オレは不意にそこで言葉を詰まらせる。
確かにそういう意味で言ったんじゃねぇけど、でも最終的な事を考えれば、
その言葉は“そういう意味”になるんじゃねぇか?

そこでオレは新たに言葉を繋げる。

「オレ…お前とこうして暮らせるだけで、すげぇ幸せだと思う。
千鶴さえ側にいてくれたら、きっと最高に幸せな気分で死んでいけると思う」
「……」
「でも残されたお前はどうなんだろうって考えると、やっぱり死に切れない。
オレが死んだ後、お前の事を見守ってくれる奴が必要だ。
でもこれはオレの我が儘だけど、他の野郎にお前を渡したくねぇ。
だから…これを口にしちまったら、お前は困るかもしれねぇけど、
オレは二人の血の繋がった子供が欲しい」
「平助君…」

目を潤ませて千鶴が呟いた。

「嫌か?」
「嫌じゃないよ……」

その言葉を合図にしたかのように、どちらからともなく唇を寄せ合う。

戸惑い気味に開かれた唇から見える歯列を舌を割って入り込み、
オレは思うままに千鶴の口内を犯した。

お互いの吐息が早くなり体も熱く上昇してきた頃、千鶴の帯を紐解く。
着物の袷が緩むと、彼女の胸を探るように指を這わせた。

女を抱くのは正直言ってこれが初めてではない。
新八っつあんや左之さん達と島原で飲んだ時に、遊女と遊びで寝た事もある。

だけど好きな女を抱くのはこれが初めてで、後で思えばかなり余裕がなかったように思える。
欲望のまま彼女を愛撫し続け、硬く張った胸の突起を指で触れると、
千鶴は甘い吐息を溢した。

「私だけ裸なんて…恥ずかしい」

恥ずかしさに目が開けられないのか、千鶴はギュッと瞳を閉じたまま呟く。
それを聞いてオレは自分で片手で帯を解き、着物を乱暴に脱いで放り投げる。

お互いが生まれたままの姿になると、もう照れだとか焦りなんてものは全て消えた。

がむしゃらなまでに、千鶴を貪るだけだった。

千鶴の秘めた場所はそれまでの行為で既に濡れていた。
最奥から蜜を指で掬い取り、彼女の敏感な場所を撫でるように触れると
更に蜜は溢れ出す。

淫靡な水音が響き渡る。

「千鶴…オレ、そろそろ限界だ」
「いいよ…平助君。来て……」

その声を聞くや否や、オレは猛々しくなった自分の物を千鶴の中に押し挿れた。

「っ……あっ!」

その衝撃を耐えるように、千鶴は大きく背中を反らす。

「ごめん、千鶴。痛ぇよな?」

苦しげな表情の千鶴を見て、思わずそんな言葉がついて出た。

「謝らないで…。私、嬉しい……貴方をとても近くに感じられる事が」
「千鶴…」
「もっと平助君を感じたい」

そう言うと、千鶴はオレの手を取る。
汗ばんだ二人の手が、絡み合う。

オレは再び千鶴に覆い被さり、至る箇所に強く口付けて跡をつけまくる。

その間も固く結ばれた手は、離れることはなかった。




やがて千鶴は情交に疲れたのか眠ってしまったが、
その寝顔を見られることさえも幸せな日常なんだと、オレは今日初めて知った。

生き残りたい―――

もっと生きていたい―――


「お前が側にいてくれれば、オレはもっと生きていける。
なぁ、そうだろ…千鶴」



千鶴の安らかな寝顔に唇を寄せて、オレは優しく囁いた。